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『悪徳の栄え』: 悪徳への讃歌

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こんにちは。

もう秋ですね。
読書の秋か、食欲の秋か、芸術の秋か。僕は絶賛ゲームの秋を楽しんでいます。(いつもどおり)
9月は週に一本~二本は欲しいゲームが発売されていたので、お財布を眺めながら幸せな悲鳴をあげていました。良い感じにゲームが積み上がってます。

さてさて、
そんな無駄話はここまでにしまして、今回はちょっと他人にはおすすめしにくい一冊について。
最近、久しぶりに読んだけれど、やっぱり体力が持っていかれますね。とても好きです。
正直、書こうか迷いました。何度も。でも、まあ深夜のテンションで紹介することにしちゃいます!

 

今日の一冊

今回は『悪徳の栄え』です。
サディズムの語源となった、あのマルキ・ド・サドの傑作。

 

『悪徳の栄え』は、主人公のジュリエットが悪徳の道へと迷いなく進む生涯を描いた作品。
陵辱・盗み・殺人......ありとあらゆる非道の限りを尽くし、己の快楽をひたすら求める姿に共感をするのは難しいが、行く先々で同様の嗜好を持つ者同士が惹かれ合っていく姿は、どこか羨ましいとも感じた。
騙し、騙され、裏切っては裏切られる、自由と悪徳の人生。

読み始めてすぐに僕たちの中にある、普遍的で曖昧ながらも良いものだと思い込んでいる、善・愛・神のすべてを否定される様な感覚に陥れられるはず。この世には神など居ない。信じるのは自分自身で、美徳など唾棄するものであると。
悪徳が全てであると。
自分自身の快楽のためにはどんなことでもする姿。陵辱の果てに行われる殺人。己の欲望に忠実に生きる残虐非道で爛れた姿に、読むのが苦痛に感じる人が必ずいると思う。
上下巻合わせて、600ページ以上の小説の中で、主人公のジュリエットは何度罪を犯し、何人と交わって何人を惨殺していったのか、それすらも数えるのさえ難しい。息をつく暇もない程の悪徳。
その中で語られる、登場人物それぞれの悪徳という哲学は、何者にも縛られることのない自由と、悪に染まる矜持を感じさせられ圧倒的な力を持っていた。

当時の時代背景と対象的な思想と、サドの抑圧された欲望で書き上げられた『悪徳の栄え』。

その果てでジュリエットが謳い上げる悪徳への讃歌は、万人が持っていてはいけないものであるだろうし、それこそ社会が壊れるものだろうと思う。
それでも自由と欲望に一途な姿には、惹かれるものはあった。
甘いチョコレートのような誘惑と、宝石のような輝きを持つ悪徳に染まることが出来たら、どれほど幸せなのだろうかと......。

 

読む人を選び、年齢制限もかけたほうが良さそうな一冊ですが、一度読んでみてはいかがでしょうか。
絶対的な正義も、神も居ないような絶望的なこの物語の中で、悪徳と美徳、どちらが人間の目指すべき姿なのか感じてみてください。

 

それでは、また次回。
ばいばい。

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スドー

こんにちは!

読書と料理が趣味、ゲームが生き甲斐の村人S。

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