2018/04/01 ブログのテーマをcocoonに変更しました。
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宇宙と生物を科学する

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今回は久しぶりに、僕の思想に絡むお話をしようかと思います。

夢が広がりそうで、少し心が沈むようなお話……。感じ方は人それぞれじゃないかなぁ?

 

 

過去の記事でも少し触れましたが、僕は昔から夜空・星・月が好きで、夜に外に出歩いている時は必ずと言っていいほど、空を仰いでいました。

小学生の頃、興味のある物事について自由に調べてみるという授業がありました。もちろん僕は夜空=宇宙について。

今となっては当然ですが、新発見が山のようにありました。

地球が回っていること。

月はずっと同じ顔を地球に向けていること。

小さな星は、太陽の何万倍も大きいこと。

そして、宇宙は今も広がり続けているということ。

 

宇宙という、想像もつかないような膨大な何かに、今まで以上に興味を示すようになりました。

自分が立っている、子供の目線にはとても広いこの街。それを途方もないほど大きくしたのが宇宙という名の、ほとんど何も無い空間。

何もかもを圧倒するような感動が夜空には広がっていたんです。

 

 

中学生の時、さらに宇宙について調べてみました。

 

数十億年前に、何も無い空間に突然大爆発が起こり、発生した宇宙。

光を飲み込んでしまうと言われるブラックホール。

恒星の成れの果てであり、ブラックホールになりかねない赤色巨星。

 

宇宙という広がりの中には、今も無数の『未知』が存在することを再確認しました。

既に理系に目覚めていた僕にとって、『既知』を知ることより、『未知』を探求する方が圧倒的に好奇心がそそられました。

しかし、『未知』を探求するためには先人達が残した『既知』を深く理解する必要がありました。常に申し上げている通り、努力が苦手な僕は興味のある事柄ですら手をつけることを避け、いつしか宇宙への興味も薄らいでしまいました。

 

 

高校生になり、BUMPの影響もあってか天体に再び興味を示した僕は、天体望遠鏡を買うことにしました。

遠くのものが近くに見える感覚。宇宙の月や星までの距離が、物理的な距離が縮まったような錯覚を起こしました。

そして、下部にリンクを貼ろうと思いますが、僕は望遠鏡で木星を捉えることが出来ました。

感動でした。

しかし、それと共に襲ってきた感情がありました。

 

それは『自分はちっぽけな存在である』というごく当たり前なもの。

光り輝く木星。肉眼では光の粒であり、望遠鏡を使ってやっと模様が見える程度。

この光が、宇宙全体のどの程度の位置にいるのか。それを考えるととても恐ろしくなりました。

宇宙には何万光年、つまり、光の速さで何万年の年月がかかるほど離れた星がある。では、木星はどの程度か。

光速でざっと1時間以内。光年に治すと0.00011光年ほど。

宇宙規模で見たらこんなに近くの存在を、自力で買った小さな望遠鏡で、苦労してピントを合わせて、可視範囲を離れて追って……。

太陽系内。こんなに近くにあるのに、こんなに大変な思いをした。

では、宇宙を知るときには?どれほどの苦労が待っているのか。

 

そんなことを考えてしまい、僕は『未知』へと踏み出す力を失ってしまった気がしました。

 

今現在も、その辺は引き摺ってるんでしょうかね。こういうのは文字として自分の目の前に出てこないと気付きませんよね。

 

 

 

赤裸々に話したついでに、少しSFチックなお話を一つ。

 

宇宙にはたくさんの星があり、それらの星が集合して銀河を形成しています。

また、人間の体はたくさんの細胞が集合して組織を作っています。

 

どうやら宇宙は、脳細胞同士の繋がりとよく似ているんだそう。

脳細胞の一部であるシナプスは、普段独立しているが、脳の活性と共に連結し、閃きや想像力に繋がっていると言われています。

その繋がりが、数億光年先まで宇宙を見た時の景色と、驚くほど酷似しているんだそうです。

 

正直、これに関しては偶然・こじつけと言われてしまえばそれまでだと思う話です。

しかし、これが偶然ではなく必然的な事実だとしたら、それこそSFのような仮説が浮かびます。

 

それは宇宙は何かの生物の一部分ではないかというもの。なんとも馬鹿げてると思うでしょうか?

でもこれ、考えを進めるとどんどん面白くなります。

例えば、漫画『鋼の錬金術師』のような話になりますが、地球を1つの生命体として考えたら?

我々人間や様々な生き物は赤血球であったり白血球であったり、動的に動く細胞で、植物は皮膚などを形成する、静的な細胞であるのではないか?

さらに太陽系を1つの生命体として考えたら。地球や太陽がそれぞれ細胞のような働きをしているのでは?

そして銀河系や星雲と規模を広げていき、宇宙全体を1つの生命体として考えた時……。

星達が細胞となり、そこに住まう生物が細胞内の要素となり……。そうなると、ここ以外の宇宙も存在するのではないか?なんて所まで話が飛躍します。

 

有り得ないと言い切れないから、宇宙って怖いですよねぇ。

 

 

さて、結論が迷子になりましたが、『人間はちっぽけである』と言うことと『それでも自分の存在価値がある』と言うことが言いたかったのですかね?

また、それでも思考を与えられた僕達は、考えて動くことが出来ます。その特権を自由に使う細胞となって行きましょう。

僕も頑張りますよ!

 

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オサダ

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