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『ジャンヌ Jeanne, the Bystander』:人間の境界線

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GWは、ゲームをして眠ってゲームして、時々本を読んで......、シベ超観たり、カルト観たり。
気付いたら、背中が座椅子にくっついていました。
最近は、座椅子の底にキャスターを付けて移動しています。いやあ、座椅子って良いものですね。

 

さてさて、今回は久しぶりに本の紹介。というか感想。
『ジャンヌ 
Jeanne, the Bystander』です。良かったら、読んでみてね。

今日の一冊

『ジャンヌ Jeanne, the Bystander

珍しく文庫本ではなくて、単行本です。

近くの本屋で見かけて、表紙で一目惚れして、あらすじを読んで思わず購入。
久しぶりに単行本を買った気が......。いつ以来かな? 『BEATLESS』か『アリス殺し』以来かも。そういえば『BEATLESS』も『アリス殺し』も最近、文庫化しましたね。おめでたい事です!

 

このあたりで閑話休題。

 

この『ジャンヌ』ですが、内容は......
舞台は2060年代、人口が5000万人まで減少した日本では、ロボットの存在が珍しいものではなくなっていた。そんなロボットが普及する社会で、ある日、家事用人間型ロボットが主人を殺害する事件が発生。現場に乗り込んだ刑事の相崎按人は、ロボットが殺人を行ったという『起こるはずのない』現実と、ロボットが死体を風呂場で洗っているという『奇妙な』場面に出くわすことに。
ロボットが人を殺すことが出来ないのは「自律行動ロボット三原則」で規定されているはずなのに、なぜ殺すことが出来たのか。
この事件は、「ジャンヌ」と名付けられたロボットに起きたバグによるものなのか、それとも制約を超えた殺人なのか......。

 

SFミステリーは、いつになっても楽しいですね。本当に。

この物語の根源には、アイザック・アシモフがSF小説『われはロボット』(I, Robot)内で提唱した、「ロボット工学三原則」を基に作成された『自律行動ロボット三原則』をどう打ち破ったのかを解き明かすミステリー。
「ロボット工学三原則」と言えば、SFやAIなんかに興味がある人にはお馴染みのワードですよね。

第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

出典 『われはロボット』アイザック・アシモフ (1983年)

上記の制約が与えられた状態で、ロボットは人を殺すことが出来るのか。それがポイント。


この本のプロローグは、ロボットである「ジャンヌ」が語り手となって始まります。導入部分で、ロボット・AIの思考方法を伝えながら、涙を知識でしか理解できないジャンヌを描くことで、人間とロボットの違いを感じさせる。しかし、プロローグを読んだこの時点で、読み手は、人間とロボットの間に本当に違いがあるのかを考えることになるはず。
その後は刑事である相崎按人の視点で物語が進み、客観的に『ロボット』である「ジャンヌ」と対話し、殺人を起こした思考回路を探っていくことに。
人間とロボットに違いはあるのか。人間とはなにか。

ロボットである「ジャンヌ」が導いた答えは、矛盾がなく機械的で冷酷なものではあるが、物語の枠を超えて現実を突き付けてくる。僕たち人間は時代と共に人間性を無くし、ロボットたちは人間へと近づく、僕らの辿り着く未来の一つを感じさせた一冊でした。

 

我思う、ゆえに我在り。
人間であり続けるためには。人間であるということは。善と悪とは。

 

長い思考の末に辿り着いた結末を、ぜひ体感してみてください。

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スドー

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読書と料理が趣味、ゲームが生き甲斐の村人S。

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