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人生は選択の連続である。

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人生は選択の連続であるという言葉は、なんとなく誰もが耳にしたことがあると思います。今日はその言葉について考察していきます。

 

 

この言葉、シェイクスピアの『ハムレット』の中で出てくる名言だそうで、原文は

「Life is a series of choices.」 です。

まずは自分自身、この言葉に大いに賛成しています。偏った立場からの話であるので不快に思う方も、もしかしたらいるかもしれません。

 

 

人生は選択の連続である。

小さい選択も、全てこれに含まれると思います。例えば「今日は右足から歩き出した。」「横向きに寝た。」と言った、小さく無意識的にとった行動も『選択』であると言えるでしょう。

そして『選択』には『結果』が伴います。どんなに小さな選択であっても、小さな(もしくは大きな)結果が付属するものと考えています。

「右足から歩き出した」ことで「躓いてしまった」り、

「横向きで寝た」ことで「いつもよりもぐっすり寝られた」だったり。

良い結果も悪い結果も、還元すればその始まりには『選択』があり、常に『選択→結果』の構図があります。すなわち、初めの文を「人生は結果の連続である。」と言い換えることが出来ると言うことですね。

 

では、皆さん。それぞれ『最近起こった悪い結果』を思い返してみて下さい。

思い付きましたか?僕は、そうですね……。「思い切りスネをぶつけた。」にしましょうかね?もちろん実際にあった出来事ですよ。

ではそれを、原因となった『選択』まで還元してみましょう。無意識な選択を思い返すのは至難ですので、意識的な選択で大丈夫です。

僕は、「大人数で重い物を運んでいて、それを手伝うことにした。」という選択の元、この結果が生まれたような気がします。皆さんはいかがでしょうか?

 

では、ここから少し話をややこしくします。その選択によって生まれた悪い結果は、次のうちどれに当てはまるでしょうか?

必然(必ず起こっていた)
当然(起こらないことはなかった)
自然(起こってもおかしくなかった)
突然(不意に起こった)
偶然(全く予期せずに起こった)

 

まぁ小難しく書きましたが、要は「思い返してみると、○○%くらい起こる可能性があったなぁ。」と言うのを考えて欲しいんです。上から99%,80%,50%,20%,1%ということにしましょう。

走ったら、前へ進んだ。(必然)
走ったら、疲れた。(当然)
走ったら、筋肉痛になった。(自然)
走ったら、地面に躓いた。(突然)
走ったら、車と事故にあった。(偶然)

イメージはこんな感じ。さて、いかがでしょうか?

僕の「スネをぶつけた。」は上の表で言うと『突然』に当たりますね。思い返してみると起きてもおかしくない結果だったわけですね。

 

では、その選択と結果。その場でよく考えていたら、回避出来ていたでしょうか?今回、僕が皆さんにお伝えしたい内容の1つ目がこれです。

 

選択には結果が付随しますね。では悪い結果を避けるためには何をすべきでしょうか?

これは突き詰めると、『悪い選択をしないこと』になりますね。正確に言うと『悪い結果を生み出す選択をしないこと』です。

どんな事柄でも選択をする時には、必ずそれを選ぶ何かがあるんです。無意識であってもです。

意識的な選択としては「今日は気分転換でこっちから帰ろう。」「寒いから窓を閉めよう。」

無意識であれば「(なんとなく歩きやすいから右足から歩き出そう。)」「(寝苦しいから横向きで寝よう。)」

理由があってその選択をするんです。どんな時であっても。

しかし、それが『悪い結果』を引き起こす『悪い選択』となってしまう。さぁどうすればいいのでしょうか。

 

その答えは、『結果に思考を巡らせること』です。

 

この選択は、どんな結果を引き起こす可能性を持つだろうか。それは自分にとっていい結果か、悪い結果か。

もちろん考えたところで、易々と結論が出るものではありません。結果を予測するなんて、そんなことが出来たらもはや未来予知ですからね。

大事なのは、思考を巡らせることで、比較的高確率である『必然』『当然』『自然』に起こり得る結果を想像し、事前に回避できる可能性を生むことです。

全ての結果を予知することは不可能です。それでも想像に難くない結果を予測することは、決して不可能ではないと思うのです。

そのために、過去の選択と結果と言う『経験』を基に、如何に自分が不利益を被らずに済むか。悪い結果を回避出来るか。

これが伝えたい内容の1つ目であり、思考を巡らすことの大事な『結果』の1つです。

 

そして思考を巡らすことで起こるもう1つの『結果』。それが今回皆さんに伝えたい内容の2つ目です。

 

選択の末、悪い結果が起きてしまった。そんな時、大多数の人は「あの時、他の選択をしていれば……。」と思うはずです。特に、あまり深く考えずにした選択であればそう思ってしまいますよね。

しかし、結果に思考を巡らせ、考えて考え抜いた末の選択だったとしたら?これが、結果に思考を巡らせたことで起きた『結果』の2つ目です。

進路の決定や高価な買い物など、選択の決定に時間がかかったものであれば、「確かに悪い結果になったが、この選択をした理由があるから後悔はしない!」と思うことが出来ると思います。考え抜いた先の答えには『自信』が生まれるからですね。

 

そうは言っても、「悪い結果には変わりがない!他の選択が正解だったんだ!!」と思う方もいると思います。

では、そんな方に質問です。『他の選択』の先には、いい結果が待っていたと言いきれるでしょうか?その答えはNOですよね。

悪い選択の対となる選択の結果は、必ずしもいいものとは限らないと言うことです。

いい結果であることもあれば、悪い結果であることも。場合によっては、間違った選択だったと思った事象より、さらに悪い結果が待っていたかもしれないんです。

右足から歩き出したら、躓いてしまった。では左足から歩き出せばよかったのか?
左足から歩き出していたら、躓きはせずに、その先で車に轢かれていたかもしれないんですよ。

つまり、『自分の選択が、必ずしも間違いではなかった可能性』があるわけです。

 

選択の結果が悪く、それに後悔してしまうと「あぁ。僕はいつもこうだ……。」と自信を失ったりしてしまいます。

ですから、結果に思考を巡らせることで、自分の選択に『自信』『理由』をしっかりと付属させ「この選択は間違いではなかった。」と思うこと。それでも後悔の念が消えなければ「他の選択がいい結果を招いていたとは限らないじゃないか。」と割り切ってしまいましょう。

 

その『選択』こそが、その後の人生の選択を豊かにする『結果』を生み出すと思っています。

 

 

 

さて、久しぶりに驚くほど長い文章を書いてしまいました。最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。

この記事を書くという僕の『選択』が、皆さんの人生を豊かにするという『結果』に繋がったらいいなと思いつつ、今日の記事を締めたいと思います。

 

それでは。

 

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オサダ

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