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共存していく社会

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今回の記事は前回の記事を読んでいることが読み始めの条件となっています!!

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マナーを守ることとやりたいようにやること
さてさて、皆さんはこの記事を読みましたか?? (※今回は↑この記事を読まないと先に進めない……かもしれません。) 記事のタイトル...


さて、お読みいただけましたか? マナーは家庭環境や家計が大きく影響するということが、前回記事の終盤部分の内容からおわかりいただけたのではないでしょうか。高級ホテルの高級レストランに行くにあたって襟付きのシャツを着て入るなどということを、貧しい家庭で育ち、ずっとTシャツ短パンで過ごしてきたような人が知る由もありません。

しかし、だからといってマナーを守れないのは仕方がないのか?……ということを今回の記事で紐解いていきたいと思います。前回記事の最後の問いかけ部分「じゃあ、マナーを知らなければマナーを守らなくても良いのか?マナーを守って欲しいという一種の「やりたい」は叶えることができないのか??」……ここに焦点をあてて話を進めていきます。


マナーを守るということは、自分だけではなく人の「やりたい」という思いを叶えるために必要なことであると、前回の記事に書きましたが、これは言い換えれば「他者への思いやり」ということです。

自分一人でご飯を食べるときにマナーを気にしないのも、マナーを守ること=他者への思いやり、だからこそだと私は考えます。つまり、マナーを守ることが大事だというのは他者を思いやることが大事だという発想から生まれるものだと言えるでしょう。


私はここでひとつ、強く訴えたいことがあります。それは、マナーを守れない人に対する思いやりもあってしかるべきだということです。

マナーを守れない人の中にはマナーを知っていながら守っていない人と、そもそもマナーを知らないという人がいると思います。前者については、その人がそもそも周囲の人に対する思いやりがないので、あまり気にしなくていいです。そこではなく、今回考えるべきは、後者の人がマナーを守れない場合のお話です。

先ほどから「マナーを守る=他者を思いやる」ということを何度もお話してきましたが、マナーを守る人が本当に他者への思いやりを持っているなら、マナーを知らない人のマナー違反に対して寛容であるべきだと思います。

前回記事の終盤や今回の記事の冒頭で話した通り、マナーを知りたくても知れない家庭に育った人というのは少なからずいることでしょう。それゆえにマナーを知らず、結果としてマナーを守れないという人は必ずこの世の中にいます。

そうした、家庭環境や生い立ちに思いを寄せてあげることも「思いやり」→「マナー(?)」なのかもしれないと、私は思うのです。


それでは、マナーを知らない人がマナーを守っていないことには常に目をつぶって、必ず我慢しなくてはならないのでしょうか? もっと言ってしまえば、マナーを守って欲しいという気持ちがダメなのか??……そんな風に捉える方もいらっしゃるかもしれません。

私はそんなつもりで「マナーを守れない人に対する思いやりもあってしかるべき」とは言っていません。ようはバランスと思いやりです。

マナーを守って欲しいという思いも、マナーを気にせずに自由にご飯を食べたいという思いもどちらも尊重されるべき一人間の思いです。マナーを守って欲しい人は、マナーを知らないためにマナーを守れていない人がいたら優しくマナーを教えてあげてください。マナーを気にせず食べたい人は、そうした自分の欲求の外には「マナーを守って欲しい」という欲求も存在しているのだから、時と場合を考えて行動をするようにしてください。

マナーを守るのも、マナーを守れない人を見守るのも、ようは「お互いがお互いを思いやる」という心さえあれば、解決できる問題なのではないでしょうか? こうした思いやりがあふれる社会こそ→「共存していく社会」すなわち、誰もが生きやすい世の中なのではないでしょうか??

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アリイズミ

職業:大学生(4年生)

趣味:テニス,ドライブ,旅行,ディズニー

座右の銘:「人生にドラマを」,「過去を糧に、未来を夢見て、今にときめけ」,「童心忘るべからず」


連絡先:ariizumi@routecompass.net

Twitter:@compassariizumi

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