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あなたはプライドを持っていますか? ~プライドの話~

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ある日、ぼーっと色々なことを考えたときに、プライドって言葉について思考を巡らせました。

プライドが0%の人もマイナスな人も、100%の人も120%の人も、いろいろ考える記事になったらいいなぁ。


さぁまずは皆さんに投げかけを。

「皆さんは、プライドを持っていますか?」

なんかこの言葉だけ見ると、すっごい煽ってるみたいになりますね……。そんなことないよ!本当に!!

パーセンテージでも、なんとなくの形容でもいいので、頭の中にイメージしてくださいな。

ちなみに僕は35%くらいかな?少ない方でしょうねぇ。


さぁ続きまして、こちらの質問。

「そのプライドはいつ、その量で固定されましたか?」

プライドとは、言ってみたら感情・心理などに分類されるでしょう。ですので、ある程度変動を感じるものなんですね。

それでも人間というのは、「感情が落ち着く状態で、落ち着きたい生き物」であると思うので、「このくらいが落ち着く。」「このくらいあれば何不自由ない。」と感じると、変化を止めようとするのです。

(僕は心理学などほとんど知らないため、経験上の勝手な推察になってます。あしからず。)

たぶん僕は高3年~大1年のあたりだと思いますが、皆さんはいかがかな?


大抵の人は10~20歳後半までに固定されるのではないかな、と思います。

子供の頃、だいたい幼稚園や保育園、小学校低学年までは、『自分だけの世界』だと感じているでしょう。つまり他人のことなんてあまり気にしていないんです。

精一杯自分の楽しいことをして、人目も気にせず泣いて、甘えて……。子供って可愛いですよねぇ。

その後、小学校の後半頃になるとはっきりと気づくのです。周りにいる人たちは脇役ではなく、自分と同じ、人間なのだと。

同じ人間であると気づいたとき、どんな人であっても、『自分ではない別の人間』と『自分』を比べてしまうのです。そしてその比較の中で、優劣が生まれますよね

「俺はあいつよりここが勝っている。」

この感情を持ち始めた時、同時にプライドが目を覚ますのです。


プライドが生まれると、人は他人との比較結果に一喜一憂し、自分の性格を形成していきます。

その中でも、性格に大きく影響を与えるのは『挫折』ですね。

自分の方が勝っていると思っていた部分が、いつの間にか負けていた。
全力で考え抜いた渾身の案が、ことごとく否定された。
いつまで経っても学業が奮わず、みんなに馬鹿にされた。

いわゆる思春期の頃に、様々な経験と挫折を繰り返します。僕ももちろんいろいろありましたね……。



さぁなにやら自分でも要点が分からなくなってきましたが、ここからがやっと本題です。

「俺のこの部分は、全世界でも一位だ!!と思える部分はありますか?

もしもあったら、ちょっとギネスブックの出版社にでも連絡を取ってみてください。(笑)

まぁもちろん、大抵の人はないんです。数十億人の中のトップに立つなんて、一握りもいません。ひとつまみくらいしかいないです。

きっと「僕は、この部分だけは秀でている気がする。」と思っても、全世界でトップ10000人に入れるかなんて言われたら、ちょっと微妙ですよね。

つまり、自分が自信やプライドを持っている点が、自分より秀でている人間は、残念ながら山ほどいるのが現実なんですね。ネガティブ論ですね、すみません。


重要なのはその時に、『自分のプライドとどう向き合うか』なのです。

自分より上の人がいるという現実を突き付けられた時、

①「トップになれないのか。あーぁ、やる気なくなったわー。」
②「そいつを追い越せるように頑張ろう!」
③「他人は他人。俺は俺だ!気にしない!」

あなたはどんな反応を見せるでしょうか。

僕は結構①なんです、実はね。プライドがないなりに、秀でている部分は一番でありたいと常々思っていると思います。

②はないですねぇ。そんな向上心あったら……なんてたらればの話はやめましょう。

③は多少ありますね。いい意味で人のことあんまり気にしないものですから。

さぁいかがでしょう。どうせですので自己分析してみてくださいな。

(その結果で性格を診断したりするわけじゃありませんが……。)


自分のプライドと向き合う時間を作ることは、とてもとても、大事なことなんです。

なぜならプライドは、それを持つ人の、
生きる理由になり、生きるのをやめる理由にもなり、さらには逃げだす理由自らを高める理由にもなり、考える理由体を動かす理由にもなり得るから

「あなたの、プライドを持っている"こと"ってなんですか?」

今度はではなく、プライドを向けている対象です。どんなものでも構いませんよ。

物事、あるいは、あるいは感情、あるいは技術……。何か思いつきましたか?

プライドを持つことができるって、とても素敵なことだと思います。その時点でその対象が好き・得意であると言えますから。

それのために、あなたはどこまで自分を捨てることができますか?

寝る間も惜しんでその対象と向き合うことができますか?
多くの時間をその対象への思考に割いて、より高めようとしていますか?
その対象が消えた時・不可能になった時、あなたは死ぬことすら考えてしまう可能性はありますか?

自分の中のプライドと向き合うことは、これまでの・これからの時間と向き合うことに繋がります。

決してそれらに思考を巡らせることは無駄ではないと考えています。

ごちゃごちゃになりましたが、結論として僕が伝えたいことは、
もしも、プライドを持っていたその対象が消えたor不可能になった時、どうか絶望しないで欲しいんです。

それまでに注いできた時間と思いは無駄にはなりません。そして今まで向けていた『それ』は、別の何かに向けることができると思っています。

自信を持っていたものを打ち砕かれた、なんてことがあったら、辛いに決まっていますよね。

けど今まで自信を持って取り組んできたことを、そのまま自信にしてください。自分の力にしてください。


驚くほど長くて読みにくい文が完成してしまいました。いやはや、駄文失礼しました。

もう少しうまいこと文章を書かないと、最後まで読んでもらえない気がする。読みにくいんだよ俺の文……。頑張ります……。

そして毎度こういう時は、なんとなく上から目線な感じ……。気を付けよう。

夏休みのこの時期。僕の記事から何かを拾い上げる人がいたらと思いながら、締めたいと思います。

読んで頂き、ありがとうございました。

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オサダ

様々なジャンルの記事を書いていきます。
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