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[ネガティブ回]楽観と留年と、努力と自尊と、これから

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どうも。オサダですよ。

今日はみなさんの気持ちを滅入らせる記事になるかと思います。

正直たぶん、俺も書いてて気が滅入ると思います。書き終わった時に少しでも気分が晴れていることを願って、書き殴ろうと思います。


このコンパスの4人は現在、全員が四年制大学に在学しています。浪人をせず、現役で大学に入学しました。

年齢は22歳(誕生日を迎えてないやつは21歳です)。本来であれば全員が就活や院試について思いを巡らせる時期であります。

しかしながら俺は、躓いております。それも2回も。未だ2年生です。

今となっては、心から後悔しています。何に後悔しているかもよく分からないほどに。

でも遅い。


そもそも小学生の頃から、いわゆるダメな子だった。毎日の漢字練習すらこなせない、夏休みの宿題に至っては存在を忘れる程の、『やらない子』。

その割にテストとかはそれなりに出来ていたので、「宿題なんて無駄だし!」とまで思っていたんだと思う。

努力を知らない小学生時代だったんだろう。


俺の人生、あるいは日常が大きく狂ったのは中学の頃だ。

およそ10年前。まだスマホはおろか、PCすら今ほど普及していない頃。

ノートPCが我が家に導入され、とあるネットゲームにハマった俺は、文字通り寝る間も惜しんでゲームをしていた。

とはいえ明け方には眠くなる。まだ体の出来上がっていない中学生なのだから当然といえば当然。

寝る。だが起きない、起こされても起きない。

「頭痛いから遅刻するって学校に連絡しといて。」

これが中学の頃の俺の口癖だった。恐らくずっと寝ていたいだけで、頭痛などなかった。けど口に出すほど、本当に痛い気がしてくる。ただの甘えだったはずが、本当に休む理由になるようになっていたんだろう。

体は言葉に準じた。徐々に頭痛がするようになったのだ。

頭では起きようと努力しているつもりでも、体が、睡眠欲に負けていくのが自分でもわかった。

同時に心では、「別に休んでもどうってことない。」などと考えていた。

結局、欲に負け続けた僕は、出席日数不足で不登校児という扱いになった。この3年間が一番やり直したい時間で、後悔の始まりだと思う。


高校は、厳しいサッカー部だったお陰か、あまり欠席はなかった。しかし友人に「またかよ。」と言われるくらいには遅刻はしていた。つまりあまり変わらなかったのだ。

しかし残念ながら高校の勉強は、自学の時間を取らずして理解出来るほど簡単なものではなかった。かなり成績は落ちたと思う。

その結果、俺は努力ができる男に……

……は、ならなかった。努力ではなく『楽観視』を覚えることで、自分の心の平静を保った。

「今回も頑張ってないし仕方ない。」と、こうまでなっても俺は努力の仕方を覚えなかった。


努力の旨味を知ったのは大学受験の時だろう。

小学生の頃から徐々に育った、李徴(山月記より)並の自尊心により、比較的偏差値の高い国立を目指した俺は、自分の学力の低さに絶望した。

そして、己の自尊心を保つために、ほとんど初めて、自分のための勉強をした。

今まで授業で身についてはいなかった数々の表面的な知識は『効率』となって自分の味方をしてくれた。やった分だけどんどん成果として表れたのだ。

その結果、心の中に芽生えたのは『努力の大切さ』ではなく、根拠の無い『自分の潜在能力への自信』だった。


そしてそのまま大学に入り、一人暮らしが始まった。

「一人暮らしを始めたら、責任感から朝も起きれるようになるだろう。」と、これまた欠片も根拠のない、異様な自信をも心に抱えていた。

すべてが甘かった。今まで受け入れていた睡眠欲も、認めなかった努力の力も、妄信した自分の実力も。ここへ来て、自分で背負ってきた物の大きさに気づいた。

これは『もしも』の話になるが、これらの副産物がなかったら、二回も留年をしてしまう前に、自分の過ちに気づくことができたのかもしれない。

俺には『楽観視』という、余計なものが付いてきていた。自分の危機に気づいた時には遅かった。


この世は全部、何があっても何とかなるんだと思っていました。そんなわけなかったんです。考えが甘かったですね。

正直、これほど人生を足踏みしておきながら、解決策は見つかっておりません。かなりマシにはなりましたが、まだまだ人としての力は未熟です。本当に。

当たり前なんですよね。マラソン中走るのをやめたランナーが、易々と走り直せるわけがないんです。楽を知った人が、易々と苦に飛び込めるわけないんです。

でも飛び込まなきゃいけない。どんな未来かなんて誰も知ったこっちゃないんです。でも逃げていいわけないんだよな。いいわけなかったんだ。

気付くの遅すぎたなぁ。2年でびっくりするほど心に重荷を背負ったよね。

自業自得も、重荷も責任も、全部自分の人生で、自分の持ち物なんだよねぇ。

まぁ、自分のものと言うには、親とかいろんな人に、計り知れないほど迷惑かけてるけどね。

正直、真面目な人からしたら、俺みたいな適当人間は、本当に疎ましいものだろうなと思っています。鬱陶しいと思われてると思っています。やる気を削がれる存在だと思っています。

だからねぇ。コンパスの3人にも、少し悪影響かなぁって思ってた時期もありました。

でも、たぶんそういう人たちは、そういう部分には目もくれてないのかなって思った。思うようにしました。

実際はどうなんだろうなぁ。人にどう思われてるかって怖いよねぇ。この記事で間接的に、みんなにごめんって言っておきます。ごめんよ。

 好きなことに対して全力で打ち込める方
 やりたいことを探す時間を惜しまない方
 やらなければいけないことに集中できる方

いろんな形の努力だと思うんですけど、俺は、努力ができることはそれ自体が才能だと思っています。心から。

わずかでも、自信にしてください。それが力になると思います。偉そうでごめんなさい。

俺はそんなあなたたちに近づこうと、心を入れ替えたい次第でございます。

俺みたいな人がいらっしゃったら、一緒に頑張りましょう。

正しい生活は正しい心から、だと思います。自分はダメだと思ってしまったら、それまでの力しか出せないと思います。

長々と失礼しました。口だけにならないように。

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オサダ

様々なジャンルの記事を書いていきます。
興味がないのに読んでしまう。そんな記事を目指して。

言葉を介してあなたのもとに。言葉がなくともあなたと共に。

連絡先:osada@routecompass.net

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